石束 嘉和
心優しい精神科医
現在70歳の精神科の開業医です。医学部を卒業後は大学病院や大きい総合病院に勤務して、63歳の時に開業しました。
勤務医の時代は組織の中で他のスタッフと協働することが必要でしたが、開業医となるとほとんど全部の仕事を一人でこなさなくてはならないようになり、その落差に戸惑いながらも毎日を過ごしています。
患者さんとお話しすることが仕事で、私とお話しすることにより少しでも心が傷ついた人が楽になってもらえるように気をつけています。
ワーク
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あなたの今(またはこれまで)の仕事や活動の内容や、きっかけを教えてください
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高校時代、私はあまり学校の授業に興味を持てませんでした。適当にサボりながら惰性で学校に行って友達と馬鹿話をしているのが楽しかったです。部活(落語研究部、SF研究部)に余念がない毎日でした。読書好きで乱読でそころにあるものをなんでも読んでいました。高校2年生の終わりごろに友人から「フロイトの『精神分析入門』を読んだか」と問われ、読んでないと答えたら小馬鹿にされました。くやしいので読んでみたところとても面白くて「こんな学問があるんだ」とのめりこみました。当時私は「文系コース」で医学部など考えもしなかったのですが、精神分析学(精神分析療法)をするには精神科医になった方が良いとわかり、高校3年生の夏に医学部受験を決めました。まあ、無茶な選択でしたが、いろいろ苦労の末になんとか精神科医になりました。
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仕事や活動をする上で、どんな学びや経験・体験が役立っていますか?
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この年齢になるとこれまでの人生での体験で無駄なものは何一つないなと痛感します。卑近な例ですが、私は関西人で東京で仕事をしているのですが、関西人の患者さんには関西弁で応対しています。それだけで心がなごんだと言ってくださる患者さんがおられます。また、私は大学時代に京都の老舗ホテルでベルボーイのアルバイトをひと夏やりました。その際に「接客・接遇」というものを身をもって学びました。現在私が患者さんに接する際に、かつての体験が役立っていると感じる時があります。人生で無駄なものはありません。
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仕事や活動に関してエピソードがあれば教えてください
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ささいなことですが、ある2月14日に80代女性が娘さんと受診された際に、バレンタインデーのチョコレートをくださいました。私は基本的に患者さんから物を頂戴することはないのですが、この時は例外的にありがたく受け取りました。3月に受診された際に私からお返しとしてホワイトデーのキャンディーをお渡ししたところ、ご本人と娘さんともどもとても喜んでくださいました。
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あなたの仕事や活動で誇(ほこ)りに思うこと、やりがいや面白いと感じることは何ですか?
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仕事の対象が心に傷を持った人であることから、目の前にいるその患者さんの全体像を見据えながら対応していく必要があり、とてもやりがいがあると感じています。その分とても精神的に疲れることがありますが。

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今、一番がんばっていることは何ですか?
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大学時代に少しかじったラテン語を学びなおしています。
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仕事や活動で、将来実現したい具体的な目標や夢を教えてください
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私が企画してうちのクリニックで「心療内科寄席」という催しをおこなっています。患者さんたちに笑いを届けることにより自然治癒力を活性化する助けになりたいとの思いと、単純に私自身が落語が好きという動機からです。年に2回ほどの開催ですが、この寄席の企画をより一層充実させていきたいと目論んでいます。

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これまでの失敗や挫折(ざせつ)体験などを教えてください
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高校時代、学業に興味が持てず趣味のことばかりに精を出して学校の勉強をほとんどしない3年間を過ごしてしまいました。卒業を間近に控えて今の仕事をしたいと思うようになり大学受験では人よりもかなり苦労をしました。
やはり「その時にやるべき勉強はその時にやる」ことが必要だと思っています。
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将来の進路について悩(なや)んだり迷ったりしたときにどうやって決めましたか?
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関心を持った領域などについて、その方面に詳しい人に積極的にアプローチして話を聞きました。
人に話を聞くことはとても大事です。「問うは当座の恥、問わぬは末代の恥」と言いますが、その通りだと思います。
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あなたの「ある1日」の流れを教えてください
時間
やること
6:30
起床
9:00
出勤
10:00
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13:30
診療
13:30
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15:00
昼休み
15:00
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18:30
診療
24:00
就寝
ライフ
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小中学生のころはどんな子どもでしたか?
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ひとことで言うと「落ち着きのない子供」でした。授業参観中に振り向いて後ろの子と話していて先生に注意されて後から親に「こんなに恥をかいたことはない」と怒られました。今ではだいぶ落ち着きましたが、それでもなんだか毎日バタバタしています。
好奇心は旺盛で何にでも興味を持つのにすぐに飽きてしまって他のことに手を出してきちんとやり遂げることができませんでした。スポーツは苦手で、今でもインドア派です
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小中学生のころ、好き(あるいは得意)だった教科・活動・遊びは何ですか?
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国語、草野球(とてもヘタ)
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好きなことや趣味(しゅみ)、ハマっているものについて、熱く語ってください
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展覧会にはかなり熱心に通っています。それもかなりマイナー(サブカル系)の物が多いです。私の趣味のキーワードは「漫画」「SF」「オカルト」などですが、例えば今まで行った展覧会のいくつかを紹介すると『槇村さとる展 ー「愛のアランフェス」から「おいしい関係」「モーメント」までー』とか『マツオヒロミ展 レトロモダンファンタジア』とか『伝説のファッション・イラストレーター 森本美由紀展』などです。
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いま熱く語っていただいたことについて、エピソードがあればお願いします
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趣味の一つがSFであると上で述べましたが、RAハインラインの「夏への扉」が好きとうちのホームページに記載していたら、松原市教育長の美濃様が反応してくださいました。
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人と向かい合うときに大切にしていることはなんですか?
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昔はなかなかできなかったのですが、この歳になると人に対して「正直になろう」と思っています。
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「絶対にこれだけはしない!」と心に決めていることを教えてください
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ここに記載することが適当かどうかわかりませんが、「連帯保証人にならない」です。
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もし過去に戻れるとしたら、やり直したい、あるいはやってみたいことはありますか?
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高校時代の自分に会ったら「日々の最低限の学習だけはしておけよ」と言ってやりたい。
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新たにチャレンジしてみたいことはありますか?
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何か楽器が弾けるようになりたいですが、無理だろうなと思っています。
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これからも大切にしたい生き方の指針(モットー)は何ですか?
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「大きな声で偉そうなことを言う人は信用しない」をモットーにしています。
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生きている間に「これだけはやっておきたい」ことを教えてもらえますか?
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タイトルにひかれて購入したけど読んでない山ほどある蔵書を読了したいですが、ま、無理でしょう。あと100年はかかりそうです。
閲覧してくれているみなさんへのメッセージ

私は中学で最初に入った学校で不適応になりました。登校が苦痛で暗い毎日でした。その時、一人の友人が「俺はこの学校が嫌だからやめようと思う」と言いました。私は心の中で「やめてもいいんだ!!」と叫びました。その友人も私も中学を中退して他の学校に転校しました。あの時やめてなかったらひょっとすると私は死んでいたかもしれません。すでに心は半分死んでいました。彼のおかげで今の私がいます。彼は私の恩人です。




精神科医などの職業に就かれている方は、昔から悩みごとをするというより悩みごとの相談相手になっていることが多いという印象が強かったです。ですが、記事を拝見して、悩むことは誰にでもあり、それを他人に解決してもらって成長していくことがわかりました。
患者さんの出身地などからも、心を和ませるような考え方があるのだなと思いました。
僕は自分が興味を持ったことについて一人で調べるということが多かったですが、人に意見や経験を聞くことで力がつくことがあるのだなと思いました。
質問になりますが、人を助けること、人からの感謝というやりがいをめざして医療関係の仕事を進路に入れるのは正しいのでしょうか?また、医師などの職業をめざす上で、どれくらいから医療への関心を持たれたのか、高等学校から医療のことについて学んでいらっしゃったのかを教えていただきたいです。
ご質問ありがとうございます。以下にお答えします。私の個人的体験も交えてお答えします。
(1)人を助けること、人からの感謝というやりがいをめざして医療関係の仕事を進路に入れるのは正しいのでしょうか?
→はい、もちろんそれは正しいことです。ただ、もちろんそのような「崇高な」生きがいで医療関係の進路を選択するだけでなく、医療の分野に純粋に興味がある・面白そうという動機でもいいですし、あるいは生活の糧を得ることが出来るというような俗世の欲望が動機にあったとしても何ら恥ずかしくはありません。人はいろんな側面を持って生きているのです。
私について言えば、精神科医を志望した一番の動機は「面白そう」でした。結果として人の役に立てばいいとは思いましたが、筆頭にあったのは好奇心でした。
(2)医師などの職業をめざす上で、どれくらいから医療への関心を持たれたのか。
→若いころから医者になるために勉強する人もいるでしょう。私の場合は少し違います。私は元々は受験でいえば「文化系」でした。読書が好きで、漠然と文学部にでも行きたいなと思っていました。うちの高校は高校3年生になると「理科系」「文科系」にコースが分かれるのですが、当初「文科系」を選びました。
しかし、高校3年生の初め頃に精神医学の啓蒙書を読んで興味を持って意思を志望することになりました。自分でも意外でしたし、周囲の人間も「お前が医者になるんか」と意外そうでした。元々医学部を志望していた人たちから比べると完全に「出遅れ」ていて、当然ながらいろいろと苦労しました。
(3)高等学校から医療のことについて学んでいらっしゃったのかを教えていただきたいです。
→高校時代には特に医療のことは勉強していませんでした。たまたま精神医学の啓蒙書を読んで興味を持ったのです。これは結果論ですが、生物の勉強は医師の勉強に役には立ちました。しかし別に医師になるために生物を勉強していた訳ではありません。当時の好きな教科は、国語と社会(特に歴史)でした。
私は医師としてはその志望理由やコースは少数派でしょう。私の体験は「そういう人もいるんだ」という程度の受け止めをしておいてください。
ご返信頂きありがとうございます。僕はどちらかといえば理系の方ですが、理系だからといってできない仕事があるわけではないということがわかりました。
また、いつからでも夢をめざせると知ってとても自信を持つことができました。
今回はご多忙の中、貴重なご意見を頂き大変ありがとうございました。これからも医師をめざして日々努力していきます。
少しでもご参考になったら幸いです。
学校や世間での「理系」「文系」の分け方もそろそろやめたらどうかと以前から思っています。
文系とされる経済学は現在は数学が必須です。医療は理系とされているものの、本当にそうかと疑問に思います。患者さんとのやり取りには言葉が必要ですし、それは国語力です。
「文系」「理系」の分け方はあくまでも「受験対策」でしょう。今後どの分野に進まれるにしろ、あまり「これは文系、これは理系」などと区別することなく、広く勉強されるのが本当の意味で将来役に立つと思います。
医師はそういう意味で「総合力」が必要とされる分野です。今のうちは「すそ野」を広げるように勉強されるのがよろしいかと思います。頑張ってください。
こんにちは。はじめまして。
ぼくは、中学2年生です。先生に聞いてみたいことがあります。
このごろ、家で親と話していると、なぜかイライラするときがあります。
ケンカをしたいわけではありませんが、なんでもないことでイラっとしてしまいます。
むしろ普通の話をしていても、ついテキトーな返しをしてしまいます。
友達とはそんなことはあまりないのに、家族では短気になってしまうのはなぜなのでしょうか。
こういうことが、反抗期なのでしょうか。成長するにつれて、こういうことはなくなっていくのでしょうか。
小学校のときはこういうことがなかったのですが、最近不思議に思いました。
何かきっかけがあったわけではないので、気になります。
質問ばかりですみません。よろしければ教えてください。お願いします。